脇野准教授からのご挨拶

トータル・ネフロロジーを目指して

慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科 准教授 脇野 修

当科の目指す腎臓内科。

慶應義塾大学医学部腎臓内分泌代謝内科の腎臓部門を統括している脇野修です。当科の腎臓内科の歴史をつぎ、それを絶やさぬよう日々研鑽に努めております。当科はご案内のように腎臓だけではなく内分泌、代謝疾患といった他の領域との癒合部門であります。そして先代の猿田享男名誉教授からと伊藤裕教授への研究の流れを受け、高血圧、糖尿病、肥満、メタボリックシンドロームといった生活習慣病を背景とした腎臓の障害の臨床、研究を得意としております。この分野の腎障害を伊藤裕教授は代謝腎臓病と名付けております。そして実際にこれらの疾患に基づく腎障害は現在の慢性腎臓病臨床のほとんどを占めており、維持透析導入の原因疾患はこれらよるものが7割から8割を占めています。今後は末期腎不全への原因となる病態は超高齢化社会を反映して加齢腎や動脈硬化に伴う腎硬化症であるともいわれています。腎臓の寿命を決めるのは何かという問題に置き換えて研究、臨床に取り組むのが今後の腎臓病医療かもしれません。こうした腎臓病に正面から私どもの科は取り組んでいます。また私どもの科ではこれ以外にも様々な活動を行い、すべての活動を包含するトータル・ネフロロジーを目指しています。これから当科での研修を考えている先生に向け、我々の考えるトータル・ネフロロジーについて説明いたします。

腎臓内科の臨床活動は大きく4つあると考えます。

さまざまな教科書に腎臓病の全貌を説明するにいろいろなまとめ方が出ています。症状から書いているものもあれば、病気からまとめ、病理の本のように糸球体、尿細管、血管と分けて書いてある本もあります。腎臓病学は、臨床分類と病理分類が絡み合っているうえに電解質、高血圧という分野が大きな分野としてあるためにわかりづらいということはよく言われます。長年臨床に携わってみて腎臓内科学を頭の中で腎臓内科医の責務として整理すると、知識の活用がうまくいきます。腎臓内科医は当然のことでありますが、腎臓病患者さんの一生に寄り添うことが最大の責務であります。腎臓病の患者さんの一生に沿ってまとめると私は大きく4つの仕事があると思っています(図)。

1つは腎生検を中心に腎臓の病態を診断してその病理診断を基に免疫抑制療法を行い治療するという従来からある腎臓病臨床でこれはConventional nephrologyといったものです。2つ目は急性腎障害、電解質異常を中心に他科からの腎不全、電解質異常、透析患者の管理といった医療でこれはConsultation nephrologyといったものです。3つは近年注目される慢性腎臓病CKDの概念をもとに、リスクファクターを管理し、腎不全の進行を抑制すし透析予防をする腎臓病診療でPreventive nephrologyといったものです。そして4つ目が末期腎不全の管理とともに血液、腹膜維持透析患者の菅理を行うものでAging nephrologyといったものです。この4つを病棟、外来で展開することにより教科書での知識を腎臓病医療に応用することが出来ると考えております。そしてこの4つを包含することが新しい腎臓内科医に求められており、これらをまとめて私はTotal nephrologyと呼びたいと考えており、これらすべてを当科では経験できます。

Conventional Nephrologyは病気が見えて面白い。

腎生検→病理診断→免疫抑制療法の一連の流れは腎臓内科の一つの大きな流れであり、解りやすく、興味の持ちやすいところと思います。腎臓の病理は腎生検を年間150例以上行っているとともに毎週新入院カンファレンスでは腎病理の解説を行っており充分勉強することが出来ます。また帰室の先生方には必ず病理の興味深い症例について何らかの形で症例報告を学会、当科のカンファレンスでしてもらい、勉強を深めてもらっています。

Preventive nephrologyは単純ではない。

上述のようにこれまでの腎臓の医局ではConventional Nephrologyを中心に腎生検の結果が議論され、それ以外の疾患は自然経過に任せ治療法がないというスタンスですが果たしてそうでしょうか。しばしば外来でこれらは進行が非常にゆっくりですが、よく見るとところどころで急性の腎障害を繰り返しながら腎機能が低下しつつあること、そしてうまく治療すれば進行を止められることが経験されます。そして近年新たな国民病として慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease、CKD)が注目されています。CKDを管理し、従来のように‘自然経過’で片付けないでいかに腎臓を長持ちさせるかが腎臓内科医の腕の見せ所なのであります。CKD患者に腎臓内科医の介入が入れば末期腎不全への進行に有意差が認められることはよく言われるエビデンスです。よく知られるのがACE阻害薬/ARBの投与により腎症進行の傾きが緩やかになり、さらに進んで、進行停止が可能とも考えられます。私たちは動物実験を始めそれを実現する治療法を開発し続けております。すなわち個体寿命よりも腎寿命が長ければ透析なしで行けるわけです。私たちは腎を長生きさせる治療について基礎研究も通じて若い先生と一緒に考え開発しています。Preventive Nephrologyは地味ですがやりがいのあり、透析抑制など社会貢献できるところです。皆さんと一緒に考えて、実践してみたいと思っています。

Aging Nephrologyは患者のQOLを求める終末期医療に似ています。

腎臓病の患者さんが不幸に透析なっても腎臓内科医の役割は重大です。その理由は透析患者さんが長生きするようになり、様々な合併症の管理、特に心血管合併症、感染症の知識、管理に精通しなければならなく、これはまさに内科医の仕事だからであります。透析になると後は他科の任せ、もう管理必要ないでは済まされません。私どもの科では移植以外の血液透析、腹膜透析患者の導入、管理に精通しており、充分は学ぶ機会を提供しております。腹膜透析はカテーテル挿入を血液透析はシャントPTA、皮下カフ付きカテーテルを内科で施行しております。こうした手技の経験は専門性を感じるために大事であり、当科では積極的に行っています。

Consultation Nephrologyは経験者でないとできません。

他科からの依頼の腎不全は極めて興味深い症例が多く、経験が必要です。時には主科のみならず、他の併診科、例えば循環器科などとも意見交換しなければならなく、意外と知識と経験を必要とします。私たちの科ではシニアのレジデントがその担当にあたるとともに、問題症例はスタッフが適宜対応し、指導しております。長年、若い先生の他科依頼への対応を見てみるとシニアの先生と帰室直後の先生では明らかにConsultationに対する対応に違いが認められます。腎臓内科医総合力を試す機会としてConsultation Nephrologyの指導も充実させています。

これまで当科が目指す腎臓病医療について述べました。この包括的な考えで腎臓病医療を我々は進めています。若い先生方も感じていらっしゃるようにこれまでの教科書の知識を使えるものにするには実際に使ってみなければ話になりません。そして知識は使った時初めて身につくものです。したがって腎臓病の知識を使う場面である腎臓内科医の責務を中心に腎臓病医療について私の考えを述べました。皆さんと一緒にトータル・ネフロロジーを目指して腎臓病医療ができることを楽しみにしております。どうぞ慶應義塾大学腎臓内分泌代謝内科の腎臓部門の門をたたいてみてください。よろしくお願いいたします。